【この時期よく見かける“アイゼン・ピッケル必要ですか?問題”】
その質問、命を懸ける覚悟はできていますか?
※この記事は、山を愛し、その愛する山で大切な人を亡くした私が、今も山を愛して登り続ける理由と、大切な命を守るためにお伝えしたいことを綴っています。
この文章は、「これからもずっと山を好きなままで、また笑って山で仲間と会いたいから」書いています。
はじめに:めちゃくちゃよく見る質問。でも多いからこそ真摯に向き合ってこう言いたい。
登山系のSNSや掲示板、ヤマレコ、YAMAPなどで、こんな質問をよく見かけませんか?
「週末に〇〇岳に登りたいのですが、アイゼンやピッケルは必要ですか?」
この質問、本当に本当に多いです。登山をしている人なら、何度もこの質問を見たことがあるはずです。でも正直に言います。これを見たとき、モヤッとします。
なぜならこの質問、山を長くやっている人なら“ありえない”と感じる質問だからです。
正直に言って、この質問をしている時点で、その人は“初心者確定”だし、あえて言うなら“不安なら両方持って行きなさい”です。
そして、ベテランからすれば「その質問、してる時点で危ない」とさえ思ってしまう。
ではなぜ、それが危険なのか。
なぜ、こんなに多く見かける質問なのに、ベテランの方々はこの質問に強い違和感を感じるのか。
でも、実際にこうした質問は後を絶たない。むしろ季節の変わり目(春〜初夏、秋〜初冬)になると、この質問が大量発生します。
今日はこれについて、本気で、真面目に、自分の想いもこめて書いてみたいと思います。
【1】アイゼンかピッケル、どちらが必要か?ではない。
まず大前提として――
「アイゼンとピッケル、どちらが必要か?」という発想自体がおかしい。
雪山登山をある程度経験している人からすれば、この質問はツッコミどころしかありません。
たとえば…
ピッケルを出したくなるような場面(急傾斜の雪壁やアイスバーン)で、アイゼンを履いていないなんてことがほぼあり得ない。
結果として、アイゼンは装着したけどピッケルは出番がなかった、ということはあっても、
ピッケルだけ使って、アイゼンは不要だった…なんて状況、まずほとんど存在しません。アイゼン不要でピッケルだけ使ったケースなんて、便所の穴を掘ったときくらいです。
つまり、ピッケルが必要な状況なら、ほぼ間違いなくアイゼンも必要で、すでに装備しているはずです。
この2つは「どちらか」ではなく、「セットで考えるもの」です。
だから結論:「必要かどうか」を聞くくらいなら、“必要”です。持って行ってください。
でも、アイゼンやピッケルが必要かどうかを他人に聞く──
この行為が意味しているのは、つまり「自分では判断ができない」「経験がない」「情報を読み解けていない」ということ。
そうであるなら、迷わず持って行ってください。
でも…、使い方は勿論分かっていますよね??
【2】「持って行くか」ではなく「使えるのか?」が問われている
さらに言うと――
あなたはその装備、本当に使えますか?
- アイゼンを装着できる登山靴を持っていますか?
- 装着したことはありますか?フラットフッティングで歩けますか?
- チェーンアイゼン、軽アイゼン、前爪のあるアイゼン、使い分けは出来てますか?
- アイゼンの前爪に自分の全てを委ねて登攀下降はできますか?
- ピッケルで滑落停止、できますか?
- 雪面に刺す、斜面をトラバースする、セルフビレイをとる経験がありますか?
「持っていればOK」ではありません。
使えること、慣れていること、実際に使う判断ができることが大前提です。
【3】情報があふれるこの時代、それでも調べないの?
今は便利な時代です。
ヤマレコやYAMAPで、同じ山・同じルートの最新の登山記録が見られます。
Twitter(X)、インスタ、ブログなどで、現地の写真や状況も把握できます。
無かったとしても、同じ山・同じルートに過去の同じ月に登った人のレポートを見ることで、ある程度の装備や状況の想定もできます。
それでもわからないなら、両方持っていけばいい。
重いのはせいぜい数キログラム。でも、命は一つだけ。
【4】経験者だって、事故は起きる。取り返しはつかない。
ここでどうしても伝えたいことがあります。
私が山で失った大切なパートナーは、登山初心者ではありませんでした。
アルパインクライミングもできるし、アイスクライミングもできる。
厳冬期の北アルプスを日帰りでこなすような、化け物じみた体力と技術を持った、バリバリの登山家でした。
それでも、一瞬の出来事でした。彼は何百メートルも下へ滑落してしまいました。油断があったのか、それすら分かりません。たぶんなかったんだと思います。でも、どれだけ経験があっても、ほんのわずかな“ズレ”が命取りになるのが山なんです。
【5】あなたは滑落したとき、"あなた"として見つかりますか?
滑落は、一瞬です。
そして多くの場合、助けを呼ぶ時間も、準備も、ない。
登山中に亡くなった方が、性別すら分からない状態で見つかる。
そんなこと、現実に何度もあります。
「事故=自己責任」ではなく、「防げたかもしれない命」なのです。
もう一度言います。
山は逃げません。でも命は戻ってきません。
【6】これから増える「その質問」。その前に立ち止まって。
雪山が終わり、夏山へ。
そして秋山から冬山へ。
季節の変わり目には、この「アイゼン・ピッケル必要ですか問題」が本当に増えます。
上部に雪が残っていたり、気温差でアイスバーンが発生したり、
見た目では分からない“危険”が潜んでいます。
「夏と同じ気持ちで登れる山」ではないこと、どうか忘れないでください。
【7】山は、あなたの“心の友”であり続けてほしい
「また山に登りたい」
「山って最高だな」
「今日も無事に帰ってこれた、最高だったな」
そんな言葉を、あなたに何度も言ってほしいから。
山を、嫌いになってほしくない。
山を、奪われる存在ではなく、心の友であり続けてほしい。
最後に。
「この質問をする人は初心者確定」
そう思っていた自分も、どこかで“優しくなかった”のかもしれません。
でも今は違います。
命を守るためなら、何度でも書きます。
「アイゼンとピッケルは必要ですか?」
答えはこうです。
“迷ってる時点で、あなたにとって必要です。使い方を理解した上で持っていってください。”自信がないなら計画を見直すか、違う場所へ行ってください。
この記事を読んでくれたあなたへ。最後にお願いです。
もしこの記事を読んで、「あの人に伝えたいな」と思う友達や仲間がいたら、ぜひシェアしてください。
登山が好きな人、これから山を始めようとしている人、
少しだけ無理をしてしまいがちな人、
すべての登山者に、この言葉が届いてほしい。
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迷ったら、持っていけ。不安なら、やめろ。
それだけで、守れる命があります。
そのたったひとつの選択が、今日も、誰かの未来をつなぎますように。
これから緑が眩しい夏山シーズンが始まります。
そしてまた秋が来て、雪が降り始め、白銀の雪山シーズンが始まります。
この記事が少しでも、みんなの山行の役に立てば嬉しいです。
そして、どの季節のどの山でも──
あなたが安全に、そして心から楽しく、山を歩けますように。
どうか、無事に。どうか、安全に。
元気で、また山で会いましょう。