導入：夕暮れと、伝説の串が呼んでいた
それは、何の変哲もない平日の夜だった。
けれど街角に灯るネオンの向こうで、私の胸はひとつの名を囁いた──「新時代」。
新時代。大衆居酒屋の名である。
だがその名は、ただの屋号ではない。
それは“安さ”という福音を携えた教えであり、“伝串（でんぐし）”という祭具を讃える信仰だった。
伝串は伝説のように語られる。一本50円（税抜）、55円（税込）という奇跡の価格。
外はパリパリ、中はモチモチ──「パリモチ」の食感は、誰もが頷く至高の調和。
累計販売本数は数億本を越え、ピラミッドのように積まれた串の塔は、見る者の胸を震わせる。
生ビール一杯190円、ハイボール150円。
深夜まで灯り続ける店内は、終電と財布の所持金を逃した者の駆け込み寺であり、
仕事帰りの乾いた喉を潤すオアシスでもある。
運営するのは株式会社ファッズ──全国に200店舗以上を展開する、まさに“新時代”の名を冠する企業。
今夜、私は行く。
伝串という名の儀式を受けに、新時代の幕開けという聖地へ。
大げさに聞こえるかもしれない。
けれど、人生とは案外こういう小さな儀式の積み重ねでできているのだと思う。
だから、今夜は全力で愛を語ろう。
伝串に、ピラミッドに、150円のハイボールに、そして“アホみたいに安い”という幸福に。
これは、居酒屋を讃える賛歌であり、コスパの讃美歌であり、
油と笑いにまみれた、ちょっと感動的で、ちょっとアホ全開なロマンチックな夜の記録である。
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目次：伝串ピラミッドへ、愛と敬意をこめて
- 1. 伝串という宗教の誕生（一本50円の福音）
- 2. 価格の哲学──ビール190円、ハイボール150円の、面倒くさいポテトサラダの奇跡
- 3. 伝串ピラミッド（積む、崩す、また積む）
- 4. 油と笑いとコラーゲン（名物を食べる聖なる瞬間）
- 5. 結論：ありがとう、新時代──そして、これが私の信仰だ
※本稿は愛と称賛を込めたレビュースタイルのコラムです。価格や店舗情報は執筆時点のものを参考にしています。
1. 伝串という宗教の誕生（一本50円の福音）
伝串──それは、もはや単なる「鶏皮串」ではない。
それは、人類が“安さ”という概念を再定義した瞬間に生まれた、奇跡そのものである。
一本50円（税抜）。税込でも55円。
令和のこの時代、缶コーヒーよりも安い串が存在すること自体が、もはや宗教的。
この価格設定を最初に見たとき、私は思った。
「……やばい、誰かがやらかしたのでは？」と。
しかし違った。
これは偶然でも、企業努力の副産物でもない。
明確な意志をもって作られた、“庶民のための革命”だったのだ。
海外工場に専用ラインを設け、一本一本を丁寧に串打ち。
店舗では焼くだけで最高の仕上がりを実現する効率化。
そして削ぎ落とされた脂が、外は「パリッ」、中は「モチッ」という神聖なる“パリモチ食感”を生む。
その上から、高麗人参を配合した秘伝のタレが絡み、
塩分ゼロの大豆スパイスがふわりと舞う。
口に入れた瞬間、香ばしさと旨味が一気に押し寄せる。
「これは串ではない……福音だ。」と、思わず手を合わせそうになった。
伝串は、積み上げることもできる。そう、“伝串ピラミッド”だ。
5本、10本、20本──気づけばピサの斜塔のように揺れる伝串の塔。
その姿は、もはや大衆居酒屋の枠を超えた芸術である。
店内のどこかで、誰かが言う。
「そろそろ伝串ピラミッド、建てとく？」
その瞬間、空気が変わる。
店全体が“伝串教”の儀式を始めるようにざわつき、
ピラミッドが積み上がるたびに、誰もが歓声をあげる。
伝串は、人々を繋ぐ。
安さが笑顔を呼び、串が信仰を生み、
その全てが「新時代」という名の教会に集う。
私はその光景を見ながら、ハイボールを一口。
胸の奥で、確かに感じた。
──ここが、新時代だ。
一本50円の福音が、今夜も人々の心に灯をともしている。
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私はその日、伝串を前にして悟った。
「価格とは、思想である」と。
新時代のメニューを開けば、そこには一種の哲学書のような静けさがある。
生ビール190円（税込209円）。
ハイボール150円（税込165円）。
もはや計算式がおかしい。数字の桁が間違っているのではと、二度見する。
コンビニの缶チューハイよりも安く、
スーパーの発泡酒よりも早く、うまく、沁みる。
この値段で提供できるのは、企業秘密を超えて、もはや企業の“覚悟”だ。
そう、この店には“価格の哲学”がある。
安くするために手を抜くのではなく、
安くても「心を抜かない」という矜持。
その象徴が、名物のひとつ──「面倒くさいポテトサラダ」である。
名は体を表す。
このポテサラ、まず出てくるのは“未完成”の姿。
茹でたジャガイモと具材、そしてマヨネーズ。
すべてが「さあ、あなたが完成させなさい」と言わんばかりに別々で登場する。
スプーンで潰す。混ぜる。味を整える。
まるで人生を掘り返すように、または誰かに試されているかのように、私は無言でじゃがいもを潰す。
隣の席では、サラリーマンが言う。
「こういう“面倒くささ”が、いいんだよな……」
その声には、悟りのような、いや諦めのような静けさがあった。
ビールを口に含む。
冷たさと共に、安堵が広がる。
190円という数字の背後にあるのは、単なる価格競争ではない。
それは“庶民が笑顔で帰れる夜”を設計した結果なのだ。
ここでは、誰もが平等だ。
社長も新人も、学生も、恋人たちも、
同じ値段のハイボールを手に、同じ温度で酔う。
これが「新時代」の哲学だ。
“安い”という言葉を、誇りに変えた思想。
一杯のグラスに宿る、静かな革命。
そして私は、ハイボールをもう一杯注文する。
150円で、世界が少し優しく見える。目元も若干霞んできている。しゃっくりも止まらねえ。
──これが、面倒くさくて、最高に愛しい、新時代の哲学。
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…のつもりが、
ついつい箱買い。
冷蔵庫「…満席。」
お財布「…空席。」
3. 伝串ピラミッド（積む、崩す、また積む）
伝串を食べる──それは、もはや食事ではない。
儀式であり、祈りであり、そして挑戦である。
目の前に並ぶ伝串。その一本一本が、金色の輝きを放っていた。
外はパリッと、内はモチッと。噛むたびに、コラーゲンの静かな調べが口の中を支配する。
そして、運命の瞬間が訪れる。店員が問いかけるのだ。
「ピラミッドにいたしますか？」
そう、伝串ピラミッド──それは新時代信者に課せられた聖なる試練。
10本、20本、30本……。
伝串は“食べる”から“積む”へと進化する。
一段目を並べるとき、私は思う。
「人生もこうやって、一本ずつ積み上げていくのかもしれない」と。
二段目を積む。
油の香りと、静かな緊張感。
崩れないように慎重に、でも勢いを忘れずに。
周囲の客がちらりとこちらを見ている。
目には明らかに「やるな…伝串中級者だ」という尊敬の色。
三段目。
ここからが本当の戦いだ。
少しでも重心がずれれば、崩壊は免れない。
まるで人生だ。
頑張って積んでも、時にすべてが一瞬で崩れ去る。
でも、人はまた積み上げる。
「積む、崩す、また積む。」──それが生きることだ。
頂上に近づくにつれ、店内の空気が変わる。
隣のテーブルの大学生が「マジで積んでる…」と囁く。
店員がそっと見守る。
私の手は震えていた。
ついに最後の一本。
天を指すように、その串をそっと乗せる。
ピラミッド、完成。
拍手が起こるわけではない。
けれど、心の中では確かに歓声が響いていた。
積み上げた伝串の塔に、ビールの泡を掲げる。
「これが、新時代のモニュメントだ」
伝串ピラミッド──それはただの遊びじゃない。
“積み上げること”を、笑いながら楽しむための哲学。
そして私は悟る。
ピラミッドは、崩れてもいい。
それでもまた積めばいいのだ。
積む、崩す、また積む。
人生とは、伝串ピラミッドである。
半額以下で
節約成功!?
…のつもりが、
ついついまとめ買い。
冷蔵庫「…満席。」
お財布「…空席。」
4. 油と笑いとコラーゲン（名物を食べる聖なる瞬間）
積み上げたピラミッドを前に、私はしばらく無言だった。
その荘厳な姿は、もはや「料理」ではなく「遺跡」だった。
伝串の表面が、照明を受けて金色に輝いている。
その輝きは、どこか神々しくもあり──油ぎってもいた。
一口、齧る。
パリッ。
次の瞬間、静寂を破る幸福の音。
外の皮が弾け、中からはモチモチとした柔らかい食感。
油の海を泳いだ鶏皮が、今ここで奇跡的な調和を見せる。
そこへ、あの“禁断のタレ”が絡む。
高麗人参をほんのり含んだ、甘辛の自家製タレ。
さらに塩分ゼロの大豆スパイスが、舌の上でダンスを始める。
「うまい」なんて言葉では足りない。
これは、もう悟りの味だ。
油が光り、笑いがこぼれる。
隣のテーブルでは、見知らぬおじさんが「やっぱ伝串だよなぁ」と呟いている。
そう、その通り。これは国民的合言葉だ。
私はビールを掲げ、伝串に続けて呟く。
「パリッ…モチッ…ありがとう。」
その瞬間、世界が一瞬静止したような気がした。
油の匂いが、心を包み込む。
体の中に、何か温かいものが流れ込んでくる。
ああ、これが“新時代”か。
コラーゲンたっぷりの一本が、私の中の何かを修復していく。
ストレスも、疲れも、全てが溶けていく。
人は、油に癒やされる生き物なのだ。
店内には笑い声が溢れ、ジョッキがぶつかる音が響く。
誰もが幸せそうだった。
高級な食事じゃなくても、ちょっとの油と笑いで世界は変わる。
そう、“うまい”とは、人生を肯定する音だ。
伝串の油が唇を照らす。
それはまるで、信仰の光のようだった。
「ありがとう、伝串。」
私は静かに呟き、最後の一本を口に運んだ。
サクッ。モチッ。
その音は、確かに心の奥に刻まれた。
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5. 結論：ありがとう、新時代──そして、これが私の信仰だ
伝串ピラミッドは、崩れた。
ビールの泡は消え、皿にはタレの残り香だけが静かに光っている。
けれど、不思議なことに──胸の奥は満たされていた。
一本50円の串。
たったそれだけのものが、人の心を動かすなんて、誰が想像しただろう。
けれど、そこには確かに“熱”があった。
油の輝きの奥に、労働の汗と笑いの記憶があった。
誰かとジョッキをぶつけて笑い、
伝串をかじって語り合う。
そこに高尚な哲学も、立派な理屈もいらない。
うまい。それで、いいじゃないか。
仕事のストレスも、電車の混雑も、財布の薄さも、
この店の中では一瞬で溶けていく。
みんなが笑っている。
それだけで、もう充分だった。
私は最後の一口を食べ終え、静かにジョッキを置いた。
満腹感と幸福感が、胃袋の奥で握手をしていた。
「ありがとう、新時代。」
その言葉が自然と口から漏れた。
誰に聞かせるでもなく、ただ心の底から。
伝串は宗教。ピラミッドは信仰。
そして私は──その信徒のひとりだ。
外に出ると、夜風が少し冷たかった。
ネオンが滲み、酔いが頬を染める。
でも、心の中は妙に澄んでいた。
世界は、案外悪くない。
それどころか、少し美しい。
そう思えた夜だった。
ありがとう、伝串。ありがとう、新時代。
そして、ありがとう、こんな新時代の幕開けを共にした私。
伝串の残り香を胸に、私はそっと呟いた。
「世はまさに──大伝串時代。」
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「戦いの後は、ご褒美肉。」
……我が家の冷凍庫、満室だった。